東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ

明 暗

(初 出)朝日新聞 大正5年5月26日~12月14日(大阪朝日新聞は、休載をはさみ、12月27日まで) 漱石の死によって連載188回で中絶、未完
(単行本)大正6年1月 岩波書店

(内 容)
 主人公津田とその妻お延の生き方を中心としてエゴイズムの問題に容赦なく光をあてた「明暗」は漱石が生涯の最後に到達した思想「則天去私」の文学的実践だった。作者の死によって未完に終ったが、想像力豊かに作品の構造を読みとくことで「明暗」の「その後」を考えることは必ずしも不可能ではない。(岩波文庫解説より)

(自作への言及)
 あなたはお延という女の技巧的な裏に何かの欠陥が潜んでいるように思って読んでいた。然るに、そのお延が主人公の地位に立って自由に自分の心理を説明し得るようになっても、あなたの予期通りのものが出て来ない。それであなたは私に向って、「君は何のために主人公を変えたのか」といいたくなったのではありませんか。
 あなたの予期通り女主人公にもっと大袈裟な凄まじい欠陥を拵えて小説にする事は私も承知していました。しかし私はわざとそれを回避したのです。何故とい うと、そうするといわゆる小説になってしまって私には(陳腐で)面白くなかったからです。私はあなたの例に引かれるトルストイのようにうまくそれを仕遂げる事が出来なかったかも知れませんが、私相応の力で、それを試みだけの事なら、(もしトルストイ流でも構わないとさえ思えば)、遣れるだろう位に己惚れています。(大正5年7月19日大石泰蔵あて書簡)

(前略)僕はあいかわらず『明暗』を午前中書いています。心持は苦痛、快楽、器械的、この三つをかねています。存外涼しいのが何より仕合せです。それでも毎日百回近くもあんな事を書いていると大いに俗了された心持になりますので三、四日前から午後の日課として漢詩を作ります。日に一つ位です。そうして七言律詩です。厭になればすぐ巳めるのだからいくつ出来るか分りません。(大正5年8月21日久米正雄・芥川龍之介あて書簡)

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