(展観目録第80号)
教科書展観目録
 
 日 時  昭和42年4月12日(水)、13日(木)各12時から16時まで
 会 場  東北大学附属図書館会議室
 
まえがき
 文官教育に関する規定として既に大宝令(巻3第11学令)に凡そ22条があげてある。当時は大陸文化受容の時代であるから、その教科は当然中国の経書、算経であったし、官吏養成が目的であったから、その教育は一般的でなかった。平安朝に入り、明経(儒学)、紀伝(文章)、明法(法律)、算術の四道の外、陰陽、典薬二寮をおいて、専門学科も教授され、国学の外、私学も勃興して、教育は盛んになったが、藤原氏の専制支配が確立し、官職世襲の風習が起ったので、官吏養成の必要度も減じ、学校は遂に姿を消し、学問は専門の博士家の独占するところとなって中近世に入った。鎌倉及び室町幕府は武士教育のための学校は開かなかったが、行政上必要な教養は行った。その為の教科書として貴嶺問答や庭訓往来が登場したが、これはいわゆる往来物であって、主として家庭教育に用いられたのである。一方商業や交通の発達と共に、民間においても処世上の教養として、教科書が要望され、前記武家に採用された以外の各種の往来物が編纂されるに至った。これがわが国独特の初等教科書で、目的別に編纂・刊行されたが、徳川時代に入っては、世の進歩につれ、ますます教育が盛んとなり、全国至る処に寺子屋が設けられ、そこで読書、習字、算術の教授が行われ、関係各科の教科書=往来物が用いられ、夥しい数の此種図書が出版されて、今日に残されているのである。ある研究者によれば往来物だけでも三千五百種余というから、これらは数十万冊出版されたのであろう。この状態が維新まで続いたが、明治4年に、文部省内に教科書編集寮が設けられ、同19年まで小学読本、同修身書等の新教科書を印刷した。但しこれは民間で出版したのを文部省で選定したに過ぎなかった。その後19年5月10日に教科用図書検定条例が交付され、ここに検定制度成立し、多数の教科書が出版、採用されたが、35年12月、教科書疑獄事件が起こったので、翌年4月には小学校国定教科書制が布かれた。その後、幾多の変遷を経て今日に至ったが、特に終戦後は学制も変革し、教科書も大いに変わった。
 本館には終戦後逸早く教育課程文庫が設けられたが、前記往来物を始め、各種の教科書が多数蔵されている。その中から古典を主として下の如く撰んで陳列した。
 
目   録
○ 大宝令制定の教科書
1. 孝経 漢、鄭玄注
  大宝令の学令によると、礼記・左伝を大経。毛詩・周礼、儀礼を中経。周易・尚書を小経とし、孝経と論語は兼通することを規定し、孝経の注は孔安国か鄭玄のを用いることとしてある。陳列書は唐の魏徴の原本で、窪本清淵彫版。末に「文化元年甲子冬12月刻成版蔵于家不許售市。下総 窪木氏蔵」とある。「南畝文庫」「水戸青山氏蔵」の蔵書印がある。令制の教科書は以上の経書の外、算経(孫子・五曹・九章・海島・六章・綴術・三開・重差・周髀・九司)であるが、ここには孝経だけを陳列した。
○ 平安朝博士家の教科書
2. 史記孝文本紀(国宝・国宝指定書、書第113号 昭和27年11月22日)(複製)
  延久5年(1073)学生大江家国が書写し、その後康和3年(1101)家行、建久7年(11
96)時道によって校合加点されたもの。詳細は武内義雄博士の解説に譲るが、平安朝における紀伝学博士家大江家の証本であることがわかる。
○ 武家時代を通じての初等教科書 往来物(鎌倉時代にはまだ庶民に用いられなかった往来物が、室町時代になると、武家用についでその需要を増し、江戸時代になると庶民の利用が第1位となった。そうなると多目的の教科を含んでいた往来物と異なり、各々専科の往来物が編纂されるようになった。以下分類して示すこととした)
○ 雑筆往来系(日用通用の言葉を雑然と集記したのでかくなずけるが、編者は未詳。鎌倉中期頃からだんだん増補され室町期に成立したものであろうといわれ、常途往来、新礼往来、尺素往来等がこれに属する)
3. 雑筆往来(雑筆抄(集)) 尊道親王筆 写本(巻子)
  筆者は応永20年(1403)7月寂。天台座主、72才。牛菴の極札がある。
○ 庭訓往来系(雑筆往来形から脱皮したもので、その先行に異制庭訓往来、新撰遊学往来がある。ここに至って諸職の事をとりあげたが、この系統に快言抄や新撰類従往来がある。)
4. 庭訓往来 [古写本]
5. 新撰遊覚往来2冊 [釈玄恵]撰 天正頃写 「慶長9年」(1604)
  「文主高田宮松丸」の墨記がある。この種の古写本は本書を加えて現在3部しかしられていないという。
6. 新撰類従往来3巻 釈・丹峰書 慶安6(1648)
7. 庭訓往来図賛 寛政12(1800)(仙台、伊勢半刊)
○ 富士野往来系(明衡・12月・雑筆・庭訓の各往来と本書は、往来物中、広く長く行われたのでそれぞれの系統を成した 本書の系統には古状揃や武家往来がある)
8. 富士野往来 慶安5(1652)
○ 消息詞
9. 消息詞 写本(平田墨梅写)(巻子)(普通消息詞は大蔵卿藤原為長(寛元4(1246) 卒
89)作といわれ、短文と語いからなっているという。然し本巻は単語94語だけで前書と異なっている。これらによって消息語い集が鎌倉中期にあらわれたことが察せられる。)
○ 宗教
10. 宗門往来 東里山人 文政7(1824)
○ 歴史、地理
11. 神功皇后、三韓平治往来 十返舎一九編 文政8(1825)
12. 新撰名字往来(頭紋尽諸家名字往来)天保12(1841)
13. 諸国名山往来 十返舎一九、文政7
14. 都往来 寛政11(1799)(洛陽往来と同じ)
15. 江戸年中往来 享和元(1801)(絵入)
16. 東都橋坂名寄往来 東里山人 文政5(1822)
17. 新編王子詣 朝輝斎千春 寛政10(1798)(神社仏閣への参詣類の文章は頗の多く、関東地方だけでも次の通りあげられる。それは本館所蔵分だけであるが、宗教と地理とをかねた教科書である。雑司ケ谷詣、真問中山詣、筑波詣、鹿島詣文章、成田詣文章、堀内詣、矢口詣、府中六所詣、六阿彌陀詣、菅原詣、房州誕生寺詣)
18. 増補塩釜詣 文政8(1825)(仙台、伊勢半刊)
19. 新編松島往来 滕耕徳編(文化13(1838)伊勢半刊もある)
20. 松島名所文章 刊本(絵入)(書学手本をかね男女通用)
21. 金華山詣 燕石斎薄墨 文政8(1825)(仙台、伊勢半刊)
22. 湯殿山詣文章(三山詣文章) [葎堂] 弘化元(1844)(仙台、伊勢半刊)
23. 越中富山之記 無名野人叟書 [古写本](出羽金浦弥光山浄蓮寺南端の墨記、浄蓮寺蔵書印の印記がある)
24. 讃岐国象頭山金比羅詣 十返舎一九 文政5(1822)
25. 東海道往来 刊本
26. 奥街道道中歌往来 文化13(1816)(長町から千住まで。仙台、伊勢半板で、同地、伊勢安求板の江戸道中往来と同じ。只後者には松前道中歌往来を頭書している。)
27. 中山道往来 刊本
28. 木曽路往来 東里山人 弘化2(1845)
29. 日本往来 竜章堂関斎書 蔀関牛畫 刊本
30. 琉球往来2巻 釈、袋中撰 [伴]信友評 写本
31. 銅板畫入萬国往来 四方茂苹編 明治4
32. 諸国名物往来 文政7(1824)
33. 東海道名物往来 天保8(1837)
○ 法政
34. 静世政務武家諸法度 狩野守信画 天明4(1784)
35. 萬手形鑑 天明5(1785)
36. 地方往来 附、地方凡例 市野義訂正 明治3
○ 教育
37. 処世往来 成島信 文政12(1825)(久保田=秋田板)
38. 童子諸礼躾方往来 重田一九編 栄松斎書 文化12(1815)

39. 実語教、童子教 [釈・空海 安然] (松会刊)
40. 女詞消息往来 文化元(1804)
41. 婚礼往来女国尽 掬泉堂主人編書 [明治再刻]
42. 世界婦女往来 山本与助 明治6
○ 理学
43. 童訓名数往来 享和3(1803)
44. 年中時候往来 泉花堂三蝶撰 滕耕徳書 享和3
45. 番匠作事往来 整軒玄魚校 大賀範国図 刊本
46. 諸品寸法往来 東里山人 文政6(1823)
○ 産業
47. 百姓往来 禿帚子再訂 文政3(1820)(享和3年に続編が出版されている)
48. 増訂農業往来 附 大日本国畫 改正府県 明治6
49. 満作往来 霞川山岡 天保7(1837)
50. 新撰養蚕往来 天保8(1837)
51. 諸職往来 刊本
52. 本屋往来 西川竜章堂書 大正11(再刻)
53. 商売往来絵字引(畫本商売往来) 挾川半永訂 長谷川貞信畫 刊本(挿絵彩色)
54. 萬祥廻船往来 十返舎一九 文政6(1823)
○ 語学
55. 十体千字文絵抄2巻 中村栄成注画 元禄10(1697)
56. 手習便蒙世話字往来 浪萃光帚子 刊本 
57. へんつくし、名かしら字、くにつくし 刊本
 ○ 我国における千字文の教育的研究 2冊 尾形裕康 昭和41 

58. 魁本対相四言雑字 洪武3(1374)(王氏勤有堂刊)(和刻)
 ○ 対相四言 柴野栗山手書 大原東野画 文化4(1807)(呉門、聖徳堂刊の和刻
 和訓附)
 ○ 新刻四言対相 文政4(1821)(虎林書坊徐竜峰刊本を谷文次の和刻 文二画印
の印記がある)
○ 検定制前の教科書
59. 小学読本4巻 文部省編 明治6(5萬部限) 長野県反刻(和綴本) 
60. 単語読本巻1、2 熊谷県小学 明治6・7 (同小学出版 同御用御書物売捌所発行)
61. 小学読本5巻 文部省編 明治7(愛知県下学校用翻刻)
62. 単語第2編 秋田県太平学校編 明治8(官許) 
63. くりやのこころえ 石川県第一師範学校編 明治13(石川県学校用) 
64. 体操図 文部省正定 師範学校彫刻 
○ 一般
65. 尋常小学校修身書巻1 文部省 大正7(縮刷豆本) 
66. 小学教科書総攬 永峰治朗編 昭和8 
67. 教科書の歴史 唐沢富太郎 昭和31 
68. 教科書〜ふたたび誤ちをくりかえすか〜 新井恒易等 昭和30 
69. 日本の教科書 山本敏夫編 昭和30 
70. 近代教科書の成立 仲新 昭和24