東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■8月12日


此手紙が貴方の手に落ちる頃には、私はもう此世にはゐないでせう。とくに死んでゐるでせう。(中略)
 私は私の過去を善悪ともに他の参考に供する積です。然し妻だけはたつた一人の例外だと承知して下さい。私は妻には何にも知らせたくないのです。妻が己れの過去に対してもつ記憶を、成るべく純白に保存して置いて遣りたい のが私の唯一の希望なのですから、私が死んだ後でも、妻が生きてゐる以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中に仕舞つて置いて下さい。
(『こゝろ』百十)
(『漱石全集』 第9巻)


参考文献



Copyright(C) 2009 Tohoku University Library 著作権・リンクについて