東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■7月15日


 稍晴。始めてかすかなる蝉の声を軒端にきく。夕暮蜩始めて鳴く。
(明治42年7月15日(木) 日記)
(『漱石全集』 第二十巻)



 其時夕暮の窓際に近く日暮しが来て朗らに鋭い声を立てたので、卓を囲んだ四人はしばらくそれに耳を傾けた。あの鳴声にも以太利〔イタリヤ〕の連想があるでせうと余は先生に尋ねた。是は先生が少し前に蜥蜴が美しいと云たので、青く澄んだ以太利の空を思ひ出させやしませんかと聞いたら、左様だと答へられたからである。然し日暮しの時には、先生は少し首を傾むけて、いや彼〔あれ〕は以太利ぢやない、何うも以太利では聞いた事がない様に思ふと云はれた。
(「ケーベル先生」)
(『漱石全集』 第十二巻)




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