東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■5月1日


 私の自由になつたのは、八重桜の散つた枝にいつしか青い葉が霞むやうに伸び始める初夏の季節であつた。私は籠を抜け出した小鳥の心をもつて、広い天地を一目に見渡しながら、自由に羽摶きをした。私はすぐ先生の家へ行つた。枳殻の垣が黒ずんだ枝の上に、萌るやうな芽を吹いてゐたり、柘榴の枯れた幹から、つや/\しい茶褐色の葉が柔らかさうに日光を映してゐたりするのが、道々私の眼を引き付けた。私は生れて初めてそんなものを見るやうな珍しさを覚えた。
(『こゝろ』)
(『漱石全集』 第九巻)


参考文献



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