東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■3月23日


世の中はみな博士とか教授とかを左も難有きものゝ様に申し居候。小生にも教授になれと申候。教授になつて末席に列するの名誉なるは言ふ迄もなく候。教授は皆エラキ男のみと存候。然しエラカラざる僕の如きは殆んど彼等の末席にさへ列するの資格なかるべきかと存じ。思ひ切つて野に下り候。生涯は只運命を頼むより致し方なく前途は惨怛たるものに候。それにも拘はらず大学に噛〔しが〕み付いて黄色になつたノートを繰り返すよりも人間として殊勝ならんかと存候。小生向後何をやるやら何が出来るやら自分にも分らず。只やる丈やる而已〔のみ〕に候。
(明治40年(1907)3月23日 野上豊一郎宛て書簡)
(『漱石全集』 第23巻)



 しばらくは路が平で、右は雑木山、左は菜の花の見つゞけである。足の下に時々蒲公英を踏みつける。鋸の様な葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色な珠を擁護して居る。菜の花に気をとられて、踏みつけたあとで、気の毒な事をしたと、振り向いて見ると、黄色な珠は依然として鋸のなかに鎮座して居る。呑気なものだ。
(『草枕』)
(『漱石全集』 第三巻)


参考文献



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