東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■3月17日


 著述の御目的にて材料御蒐集のよし結構に存候私も当地着後(去年八九月頃)より一著述を思ひ立ち目下日夜読書とノートをとると自己の考を少し宛かくのとを商売に致候同じ書を著はすなら西洋人の糟粕では詰らない人に見せても一通はづかしくからぬ者をと存じ励精致居候然し問題が如何にも大問題故わるくすると流れるかと存候よし首尾よく出来上り候とも二年や三年ではとても成就仕る間敷かと存候出来上らぬ今日わが著書抔事々敷吹聴致候は生れぬ赤子に名前をつけて騒ぐ様なものに候へども序故一応申上候先づ小生の考にては「世界を如何に観るべきやと云ふ論より始め夫より人生を如何に解釈すべきやの問題に移り夫より人生の意義目的及び其活力の変化を論じ次に開化の如何なる者なるやを論じ開化を構造する諸原素を解剖し其聯合して発展する方向よりして文芸の開化に及す影響及其何物なるかを論ず」る積りに候斯様な大き〔な〕事故哲学にも歴史にも政治にも心理にも生物学にも進化論にも関係候致候故自分ながら其大胆なるにあきれ候事も有之候へども思ひ立候事故行く処迄行く積に候
(明治35年(1902)3月15日 中根重一宛て書簡)
(『漱石全集』 第22巻)


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参考文献



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