東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■3月1日


 宗助は先刻から縁側へ坐蒲団を持ち出して日当りの好ささうな所へ気楽に胡座をかいて見たが、やがて手に持つてゐる雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になつた。秋日和と名のつく程の上天気なので、往来を行く人の下駄の響が、静かな町丈に、朗らかに聞えて来る。肱枕をして軒から上を見上ると、奇麗な空が一面に蒼く澄んでゐる。其空が自分の寐てゐる縁側の窮屈な寸法に較べて見ると、非常に広大である。たまの日曜に斯うして緩くり空を見る丈でも大分違ふなと思ひながら、眉を寄せて、ぎら/\する日を少時見詰めてゐたが、眩しくなつたので、今度はぐるりと寐返りをして障子の方を向いた。障子の中では細君が裁縫をしてゐる。
(『門』 一の一)
(『漱石全集』 6巻)

※『門』は、明治43年3月1日(火)から同年6月12日(土)まで、『東京朝日新聞』、『大阪朝日新聞』に連載された。 ※参考文献


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