東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■2月23日


 まだ鶯が庭で時々鳴く。春風が折々思ひだしたやうに九花蘭の葉を揺かす。猫が何処かで痛く噛まれた米噛を日に曝して、あたたかさうに眠つてゐる。先刻迄庭で護謨風船を揚げて騒いでゐた小供連は、みんな連れ立つて活動写真へ行つてしまつた。家も心もひつそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放つて、静かな春の光のなかで、恍惚と此稿を書き終るのである。さうした後で、私は一寸肱を曲げて、此縁側に一眠り眠る積である。
(『硝子戸の中』三十九)
(『漱石全集』 第12巻)


※大正4年(1915)1月13日から、東京・大阪の『朝日新聞』に連載していた「硝子戸の中」が、同年2月23日に終了した。その最後の部分。
参考文献


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