東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■2月12日


 僕ハ「落泪」トイフ事ヲ書イタノヲ君ハ怪ムデアローガソレハネ斯ウイフワケダ。君ト二人デ須田ヘ往テ僕モ眼ヲ見テモラウタコトガアル。其時須田ニ「ドンナ病気カ」ト聞イタラ須田ハ「涙ノ穴に塞ガツタノダ」トイフタ。其時ハ何トモ思ハナカツタガ今思ヒ出ストヨホド面白イ病気ダ。ソノ頃ハソレガタメデモアルマイガ僕ハ余リ泣イタコトハナイ。勿論喀血後ノコトダガ、一度、少シ悲シイコトガアツタカラ、「僕ハ昨日泣イタ」ト君ニ話スト、君ハ「鬼ノ目ニ涙ダ」トイツテ笑ツタ。ソレガ神戸病院ニ這入ツテ後ハ時々泣クヤウニナツタガ、近来ノ泣キヤウハ実ニハゲシクナツタ。何モ泣ク程ノ事ガアツテ泣クノデハナイ。何カ分ランコトニ一寸感ジタト思フトスグ涙ガ出ル。(中略)今年ノ夏、君ガ上京シテ、僕ノ内ヘ来テ顔ヲ合セタラ、ナドゝ考ヘタトキニ泪ガ出ル。ケレド僕ガ最早再ビ君ニ逢ハレヌナドゝ思フテ居ルノデハナイ。併シナガラ君心配ナドスルニハ及バンヨ。君ト実際顔ヲ合ワセタカラトテ僕ハ無論泣ク気遣ヒハナイ。空想デ考ヘタ時ニ却々泣クノダ。(中略)僕ノ愚痴ヲ聞クダケ聞テ後デ善イ加減ニ笑ツテクレルノハ君デアラウト思ツテ君ニ向ツテイフノダカラ貧乏鬮引イタト思ツテ笑ツテクレ玉ヘ。僕ダツテ泪ガナクナツテ考ヘルト実ニヲカシイヨ。…………併シ君、此愚痴ヲ真面目ニウケテ返事ナドクレテハ困ルヨ。(中略)実際君ト向合フタトキ君ガストーヴコシラエテヤロカトイフタトテ僕ハ「ウン」トイツテル位ノモノデ泣キモセヌ。ケレド手紙デソーイフコトヲイハレルト少シ涙グムネ。ソレモ手紙ヲ見テスグ涙モ何モ出ヤウトモセヌ。タダ夜ヒトリ寐テヰルトキニフトソレヲ考ヘ出スト泣クコトガアル。自分ノ体ガ弱ツテヰルトキニ泣クノダカラ老人ガ南無アミダ/\トイツテ独リ泣イテイルヤウナモノダカラ、返事ナドオコシテクレ玉フナ。君ガコレヲ見テ「フン」トイツテクレレバソレデ十分ダ。
(明治33年2月12日 正岡子規 漱石宛て書簡)
(『子規全集』 第19巻書簡2)


※病床の子規が、漱石に送った書簡。
参考文献


Copyright(C) 2009 Tohoku University Library 著作権・リンクについて   etsu2@library.tohoku.ac.jp