東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■1月19日


 「それから」が出来たから一部此手紙と同便で送る。もう少しすると又小説を書き出さなければならない。又いそがしくなる。君がゐなくなつたので理科大学の穴倉生活抔が書けなくなつた。慧〔彗〕星の知つたか振りの議論も出来ない。
(明治43年1月19日(日)寺田寅彦あて書簡)
(『漱石全集』 第23巻)


※ドイツ留学中の寅彦へ送った書簡。寺田寅彦は物理学者、漱石の門下生。『吾輩は猫である』の理学者・寒月君や『三四郎』の野々宮さんのモデルだと言われる。



 拝復御案内有難く候小生去冬以来風邪の気味にてそれが為か左の肩より腕へかけては鈍痛はげしくリヨマチか方の凝か知られざれど兎に角医者の手に合はず困り入候現に原稿などをかくのが非常の苦痛と努力に候去年以来約束の相撲見物丈は原稿より骨が折れない故どうか斯うか今日迄継続致候も愈となれば是も欠席の覚悟に候
(大正5年1月19日(日)松山忠二郎あて書簡)
(『漱石全集』 第24巻)


※松山忠二郎(1869〜1942)は新聞記者。

参考文献


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