東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■12月5日


「斯うして見ると、まだ子供が沢山ゐるやうだが、是で一人もう欠けたんだね」と須永が云ひ出した。
 「生きてる内は夫程にも思はないが、逝かれて見ると一番惜しい様だね。此所にゐる連中のうちで誰か代りになれば可いと思ふ位だ」と松本が云つた。
 「非道いわね」と重子が咲子に耳語いだ。
 「叔母さん又奮発して、宵子さんと瓜二つの様な子を拵えて頂戴。可愛がつて上げるから」
 「宵子と同じ子ぢや不可ないでせう、宵子でなくつちや。御茶碗や帽子と違つて代りが出来たつて、亡くしたのを忘れる訳には行かないんだから」
(『彼岸過迄』「雨の降る日」八)


※解説: 『彼岸過迄』「雨の降る日」に描かれる幼児(宵子)の死は、漱石の五女・ひな子(雛子)の死をモチーフにしていると言われる。ひな子は、明治43年(1910)3月2日に生れたが、明治44年11月29日に突然亡くなった。ひな子の死は漱石に大きな衝撃をもたらしたと言われ、明治44年11月29日(水)から12月5日(火)までの漱石の日記には、連日のように、ひな子を喪った漱石の心情が記されている。
※「漱石文庫」関連資料: 日記及断片
参考文献



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