東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■12月21日


 日数が立つに従つて文鳥は善く囀づる。然し能く忘れられる。或る時は餌壺が粟の殻丈になつてゐた事がある。ある時は籠の底が糞で一杯になつてゐた事がある。ある晩宴会があつて遅く帰つたら、冬の月が硝子越に差し込んで、広い縁側がほの明るく見えるなかに、鳥籠がしんとして、箱の上に乗つて居た。其の隅に文鳥の体が薄白く浮いた儘留り木の上に、有るか無きかに思はれた。自分は外套の羽根を返して、すぐ鳥籠を箱の中に入れてやつた。
「文鳥」


※解説: 「文鳥」は明治41年6月に『大阪朝日新聞』に連載された。漱石は明治40年(1907)10月頃、鈴木三重吉の奨めにより文鳥を飼いはじめたが、文鳥は12月の半ば頃に死んでしまった。
参考文献



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