東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■12月10日


亡くなられる当日、九日の朝、お子さんを寝間へ連れて行つた時、先生は末の男の子二人の顔を見て、何にも云はずにつと笑はれたさうな。それから十二になる末の女の子を連れて行つた時、女の子だけに、先生の窶れた顔を見るや否や、声を揚げて、わア/\泣き出した。傍にゐた奥さんは、「泣くんぢやない、泣くんぢやない」と云つて、窘められたさうな。それが先生の耳に通じたのか、先生は弱い声音で、「もう泣いてもいいんだよ」と云はれたさうである。これは如何にも先生らしい言葉ではないか。先生らしいと云ふ外に、何とも形容することが出来ない。
(森田草平 『夏目漱石』 「先生と門下」)


※解説: 漱石は大正5年(1916)11月22日、『明暗』執筆にとりかかろうとするが、病臥する。11月28日には胃部に内出血があり、一時人事不省に陥る。その後安静の状態が続くが、12月9日午後6時45分に永眠した。
参考文献



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