東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■11月7日


本堂を右手に左へ廻ると墓場である。墓場の入口には化銀杏がある。但し化の字は余のつけたのではない。聞く所によると此界隈で寂光院のばけ銀杏と云へば誰も知らぬものはないさうだ。然し何が化けたつて、こんなに高くはなりさうもない。三抱えあらうと云ふ大木だ。例年なら今頃はとくに葉を振つて、から坊主になつて、野分のなかに唸つて居るのだが、今年は破格な時候なので、高い枝が悉く美しい葉をつけて居る。下から仰ぐと目に余る黄金の雲が、穏やかな日光を浴びて、所々鼈甲の様に輝くからまぼしい位見事である。
(「趣味の遺伝」二)
(『漱石全集』 第二巻)


※解説: 「趣味の遺伝」は雑誌『帝国大学』第12巻第1号(明治39年1月10日)に掲載され、のち単行本『漾虚集』(大倉書店・服部書店、明治39年5月)に収められた。
参考文献



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