東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■11月27日


家庭の生涯は寧ろ女房の生涯である。道也は夫の生涯と心得てゐるらしい。それだから治まらない。世間の夫は皆道也の様なものかしらん。みんな道也の様だとすれば、この先結婚をする段々減るだらう。減らない所で見るとほかの旦那樣は旦那樣らしくして居るに違ない。広い世界に自分一人がこんな思をしてゐるかと気がつくて生涯の不幸である。どうせ嫁に来たからには出る訳には行かぬ。然し連れ添う夫がこんなでは、臨終迄本当の妻と云ふ心持が起らぬ。是はどうかせねばならぬ。どうにかして夫を自分の考へ通りの夫にしなくては生きて居る甲斐がない。――細君はかう思案しながら、火鉢をいぢくつて居る。風が枯芭蕉を吹き倒す程鳴る。
(「野分」 『漱石全集』第三巻)


※解説: 「野分」は『ホトトギス』(明治40年1月)に掲載され、『草合』(春陽堂、明治41年9月)に収められた。漱石は「野分」執筆にあたって、「近々『現代の青年に告ぐ』と云ふ文章をかくか其主意を小説にしたいと思ひます」(明治39年10月16日高浜虚子宛書簡)と述べている。
参考文献



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