東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ


■10月11日


 帰る日は立つ修善寺も雨、着く東京も雨であつた。扶けられて汽車を下りるときわざ/\出迎へて呉れた人の顔は半分も眼に入らなかつた。目礼をする事の出来たのは其中の二三に過ぎなかつた。思ふ程の会釈もならないうちに余は早く釣台の上に横へられてゐた。黄昏の雨を防ぐ為に釣台には灯油を掛けた。
(「思ひ出す事など」一)
(『漱石全集』 第12巻)


※解説: 漱石は明治43年5月頃から胃の不調を訴え、長与胃腸病院で診察を受けた結果、胃潰瘍の疑いありと診断された。当病院に6月中旬から7月下旬まで入院し、8月6日には門下生・松根東洋城の誘いにより、静岡県伊豆修善寺温泉に療養のため出かけた。しかし修善寺温泉に到着後すぐに体調不良を訴え、病の床に就くことになり、8月24日の晩には大量の吐血をし、一時危篤状態に陥った。いわゆる「修善寺の大患」である。漱石は、10月10日まで修善寺に滞在し、帰京後は再び長与胃腸病院に入院した。「思ひ出す事など」は、帰京後間もない明治43年10月29日から『朝日新聞』に連載された随筆である。
※「漱石文庫」関連資料: 修善寺の大患日記
参考文献



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